人生攻略法を考える

哲学を使って人生の選択に最適解を出していきます。

幸福な一日とは

幸福な人生とは幸福な一日から

 

 

幸福な一日のルーティンを定義してみましょう。

 

早起きをする

早起きより遅起きの方がよくない?と思われる方もいらっしゃいます。

ですが、早起き意識することで前日に早めに寝床につくことができます。

そうすることで、睡眠不足に陥らずに本来の自分のはっきりとした意識で一日に臨むことができます。

また、出社や登校までの時間に余裕ができることによってその時間何かしらの行動をすることができるので、何もない朝の時間に彩りを加えることもできますね。

 

とっておきの一杯を

朝起きてから目を覚ますのにとっておきの一杯を飲みましょう。

寝ぼけ眼から一日をスタートする合図になります。

朝ごはんもそうなんですが、胃に飲食物が入ることによって目が冴えるそうです。

画像はコーヒーですけど水でもお茶でも大丈夫です。

 

本気で働く

仕事や学業は本気で臨みましょう。

人間は集中していれば幸福を感じ、集中力が散漫だと不幸を感じるからです。

ですが、体調が優れていないと目の前のことに集中することはできません。

そのために、きちんとした睡眠をとる必要があるのです。

 

会話を楽しむ

社会の中にいる時、もっとも人を幸せにするのは他者との会話です。

仕事や学業の合間に友人や同僚との会話を楽しみましょう。

気の合わない人と無理に話す必要はありませんが、軽く世間話や身の上話、仕事の話ができる人と会話をするように心がけましょう。

 

仕事終わりの運動を

仕事終わりに運動をすることは大事です。

一日の中で運動をするタイミングは仕事が終わってお風呂に入るまでの時間だけです。

近所を散歩やランニングしたり、ジムに通ったり、家でヨガや筋トレをしたり、サラサラな汗を流しましょう。

体を動かしていないと意外とストレスが溜まるんですよ、ご存じでしたか?

 

趣味の時間を

夜の時間は趣味の時間。毎日これが楽しみで仕事をがんばって生きています。

ぱぱっとやるべきことを片付けて趣味の時間に没頭しましょう。

 

 

明日を幸せに生きるために早めの就寝

趣味を楽しんで一日を満喫し終わったら、疲れに身を任せて時間通りに寝ましょう。

毎日最低7時間は寝られるように自分で消灯時間を決めて、その時間になったらきっちり布団に入る!そうして明日また健康に過ごせるように就寝しましょう。

 

 

 

 

 

以上、幸福な一日を送るためのルーティンでしたが、皆さんは現在どれだけ達成できているでしょうか?

 

精神や体力の強さには個人差があるので、全然できてなくても幸せな人も多くいらっしゃると思いますが、毎日に漠然とした不安があったり、イライラしがちな理由は睡眠・運動・ストレス発散の不足によるものです。

 

忙しくて慌ただしい毎日が続いているかと思いますが、これらの基本のルーティンを見直して一度、絡まっている自分の生活の状態をリセットしてみましょう。

 

幸福論2024

どうもお久しぶりです。

Neriaです。

 

どうやら更新を辞めて2年ほど経ったようですが、

意外と自分の中ではたった2年しか経っていなかったのかといった感じです。

 

と・・なぜか急に腹痛が走ったので少し席を外しまして・・・・

 

・・・はい、無事只今戻りました。

話を戻しまして、ブログに何やら書いていたのはほんと5年前とか

それぐらいかと思ってたんですけど、意外と直近だったので、

なんだかんだいいつつ時が過ぎるのは意外と遅いのでは?と感じております。

 

 

さて、急にブログを書きたくなったのは、先に論じていたような

幸福論も年の功により渋みを増してきたと思いまして、

また引き続き詰めていければなといったところです。

 

 

 

---余計な前置き---

 

ついに2024年になってしまいましたね。

幸福論について考え始めたのが確か2019年とかそこらだったような

気がしますので、かれこれ5年ほど経過したんでしょうかね。

 

うん、、たった5年か。

 

渋みを増したなんてことはなく、何も変わらないところと思いますが、

 

というかですね、そもそもなんで幸福論、もとい幸福哲学なんか

やろうかと思ったかというのは、自分自身何が幸福か、またそれ以外にも

哲学的にあまり解明されておらず実態を持たない概念について明確な答えが

欲しくなったという理由がありまして、今でもそれを追い求めてるんですね。

 

それで始めた当初もそうだったんですけど、今の時代って特に幸福論って

需要があるかと思ってたんですよ。

需要っていうのも単純に誰かが欲してるっていう話ではなくて、

幸福論という名前こそ出てきはしませんけどそれが生き方だとか

社会的な在り方だとかそういった形で人々が自分の存在だとか行動だとかに

疑問というか不安を抱いているようなところをよく見かけるし、

割と生き方とか価値観がシンプルだった昔に対して今はそういったものに

正しい答えがないので色々考えてしまう機会も多分にあるものと見受けているので

潜在的な需要ってあるんじゃないかなと思ってるんですよね。

 

とはいえ、幸福哲学そのものに需要があってもNeria幸福論に需要がある

ことにはイコールにはならないことは留意しておきます。

ただまぁ、そんな幸福と向き合わなければならない現代だからこそ、

考えるのを楽しめるという側面もあるので、僕は哲学を楽しむことにします。

 

 

---幸福とは何なのか---

 

はい、ということでまず一つ目。

根っこの部分なんですけど、そもそも幸福ってなんぞやっていう話ですよね。

これもう何回も僕書いてます。もう5回ぐらいは論じて書いてるんじゃないですかね。

 

ただ、2024年バージョンということでバージョンアップを図ります。

 

「幸福とは生命エネルギーを獲得するということである。」

 

ということに今年はしておきましょう。

まぁなんか楽しいことしてればそれでいいんですよ的な簡単な話です。

 

あとね、今までの幸福論でも言ってたんですけど

幸福って言うのは「結末」じゃなくてあくまでも「過程」なんですよ

ってことは大事なんで言っておきますね。

 

つまり、幸福は過程なので手に入れることができるものじゃないんですよ。

ずっと幸福でいたいなら持続的に幸福を獲得する行動を

とり続けるしかないというわけなんですね。

 

ここが幸福を考えるときに割と多くの人が陥りやすいミスポイントですよね。

宝くじあたれば幸福だ!とか恋人ができれば幸福だ!っていうのは

永久的に幸福ステータスが付与されるわけじゃなくて、あくまでもそれでも

一時的っていう話なんですよね。そこは間違いのないように。

 

はい、では生命エネルギーって何?ってなりますよね。

これはさっきもいったんですけどなんか楽しいことって割り切ってくれれば

大丈夫です。楽しいことなんで人それぞれですね。

 

ただし、ここで注意したいのは、楽しい出来事っていうのは基本的に

受動的には発生しえないことで、割と能動的に、自分からアクション起こす

必要があるんですよっていうことは言っておきます。

 

なんか不幸を謳ってる人って大体は受け身なんですよね。

あくまでも自分が楽しくなるためには能動的に、がキーワードですよ。

 

まぁこんなところで締めておきたいんですけど、

いまいち自分が楽しくなることがわからないって人がいると思うので、

それってどういうものなのかっていうのをもう少しだけ解像度高く

補足しておきますね。

 

それは。

「時間を忘れて没頭できること」

です。

 

友達といると幸福だーっていうのは時間を忘れやすいからですね。

まぁ別に友達となんかしなくても1人でも時間を忘れて没頭してれば

それは十分幸せです。そのためには集中力がカギですね。

集中力散漫だと割と機能しないですこれ。

大事なのでここはマーカーしておきましょう。

 

それとですね、これ、実のところは哲学的に言うと

「時間を忘れて」じゃなくて「自己意識を忘れて」の方が正しいんですけど

要は人って意外と自分と向き合う、自分を意識してるときの方が「不幸」な

感覚に陥りやすいんで、そういう時間を作らないっていうのが

幸福感への近道なんですよね。

 

 

以前の僕はね、これについて「絶対的幸福感」と「相対的幸福感」とかいう

自分が絶対的に幸福だ!っていう感覚が大事で、

人と比べるような相対的な幸福感って不幸の元ですよーみたいなこと

言ってたんですけど、これちょっと細かすぎたんでもうちょっと

大きな枠組みにしてみますね。

 

「相対的」って要は人と自分を比べるってことで、その際には必ず

「自分」について考えたり「自分」を評価してしまう瞬間があるので、

「絶対的に自分には価値がある」っていう大前提を置いて、後は自己意識を

放棄して楽しいこと、好きなことに没頭集中してください。

 

そんでね、一人になった瞬間にスマホいじくってSNSでなんか

自分の尊厳傷つけるような書き込みみないでください。

 

僕なんかもね、男なんで。

HIKAKINの動画見るだけで病みますよ。

お金持っててうらやましいいいいいいいいいいって。

なんでね、見ない。家帰ったら色々やって寝る。そんだけ。

 

特にネガティブなときってよく寝れるんで、ネガティブなモードに

ちょっとだけ入ったかなーって思ったらそれ眠いだけなんでとっとと

寝てください。

 

え?寝れない?

 

それはね、布団入ってスマホ触ってるからです。

あと布団に入る時間が遅すぎる。もっと早く。11時とかに入りなさい。

1時とか2時とかに入ったらね、睡眠版ランナーズハイですから。

4時5時とかまで寝れなくなりますよ。11時に寝ましょう。

 

え、そんな時間に寝れない?

 

じゃあそのSNS、朝見ましょう。

夜見る必要ないです。早めに寝て、起きたらだらだら見ましょう。

でね、たぶん見るのも面倒で睡眠時間稼ぎしたくなりますよ。

そしたらね、そのSNSはその程度の価値しかない情報なんですよ。

 

寝る前は寝る時間を削って見てしまうのに、寝起きだとクソどうでもよくて

見るのやめてしまう。これは人体のトリックですね。

 

まぁどちらも行動としては大差ないですがメンタルとか健康には

大差生じる大きな要因なので、全部朝やることにしましょうね。

 

でも明日までの課題は朝やっちゃだめですよ!

徹夜してでも夜やりなさい!

 

 

---今日から始める幸福---

 

・しっかり働く(勉強する)

・しっかり遊ぶ

・うまいもの食う

・しっかり寝る

 

とりあえずこれだけやっておきますか。

後はもうどうにでもなりますよ。

たぶんね、ここに書いてあることちゃんとできてる人そんなにいない。

 

最近、睡眠学者の筑波大の柳沢先生って方がね、よくメディアに出ていらして

最先端の睡眠について言える確かなことはとにかくいっぱい寝ろ。

起きて眠くなくなるまで寝ろみたいな感じのことをおっしゃってるんですね。

まぁこんな雑じゃないですけど、睡眠で一番大事なのは質ではなく量って

おっしゃってるんですね。まぁ質も大事なんですよ、うるさいとことか

光のあるとこで寝ないとか毎日違う時間に寝ない起きないとか。

けど、それにもまして何より大事なのは量だと。

だいたい一日最低7時間は寝ましょう的な話でね、

 

特に僕が印象に残った柳沢先生のお言葉

「睡眠は可処分時間ではない」っていうお言葉です。

わかりやすいですね、要は睡眠時間って削れるよねっていうのが

現代人の考えだけれど、実際は確実に7時間はキープしなければならない

減らせない固定的な時間なんだ!っていう話ですね。

 

じゃあと逆算して6時におきるんだったら毎日11時には確実に寝てなきゃ

いけないわけですよ。11時って早いですねー。

でもそのレベルなんですって。

 

あとはね、我慢しないで遊びたい事遊ぶ。

我慢しないで食いたいもん食う。

 

適当にやらないで本気で仕事や学業に取り組む。

 

こういうのはね、適当にやってるとね、嫌な時間として普通に苦痛になりますよ。

本気で自分なりに楽しんで挑戦して自分にとって大事な時間にしてくださいね。

 

 

ーーー踏み入った話ーーー

 

さっき我慢しないで遊ぶとか我慢しないで食いたいもん食うとか

言ってたんですけど、ここで大人の方はん?っと思いますよね。

 

というのもこの2つは踏み入った話「お金と健康」の問題が生じますから。

 

さて、この2つってなんか前にもブログで取り上げてたと思うんですよね。

幸福になるためにはお金が必要だだからお金を稼ぎましょうとかなんとか。

 

ちょっと話それますけど、2024年なんで新NISAにも軽く触れておきますか。

・・・長くなり過ぎたんで下に移動しておきます。

 

それでですね、新NISAのとこでも書いたんですけど、

要はお金の問題を解決する手法って2つあって、

1つは稼ぐ。2つは節約する。ですよね。

まぁこれは自分のタイプにあったものを選べばいいと思うんですけど、

詳しくはわからないですが、割と今は大手企業でも人手不足らしいので、

我慢したくない人は転職チャレンジしてもいいかもしれないですね。

 

んで2つ目の節約は我慢することと同義で、僕はまだ転職できるだけの

スキルがないので、節約するしかなくて、この手法をとって、

我慢しまくってるわけですけど、

お金のかかるやりたいことの多くをあきらめて、

お金のかからないやりたいことを楽しんでやってます。

例えばギターを1本買いまして、下手糞ですけど時間があったら

ギターをじゃかじゃか鳴らして遊んでます。

 

やりたいことっていうのがお金のかかることであれば大人の方は

要注意ですね。世の中、お金をかけないことでもあなたが楽しめることって

たくさんあると思うので、何も考えずお金使う前に、

お金がかからない楽しいことを見つけてみるのもありだと思いますよ。

 

特に資本主義社会が進んでから、なんでも権利そのものがお金になるのであらゆる

プラットフォームにお金がかかるようになりました。

昔はただでできた釣りやキャンプ、もっと言えばスポーツまで

今はお金払わないとできないことが増えましたよね。

昔より日本人は貧乏なのに、なんでもお金がかかるようになってしまいました。

ですが、うまいことお金をかけずに楽しめることを見つけてですね、

そこに全力投球してみると意外と楽しめてはまって、それで気づいたら

お金溜まってましたーなんてこともあるので、あきらめずに模索することが

大事ですね。

 

僕はギターですが、身近な人の例でいうと

サイトに小説を投稿したり(この方は小説が書籍化されて大成功しています)

ダンベルとプロテインだけ買って筋トレをしたり、

サブスク登録でアニメを見たり、ストリーマーを見たり、

散歩をしたり、

無料ゲームをしたり(この方は好きが高じてプロゲーマーになっています。)

こういった方々、常に毎日同じことをしているわけですが、

お金がかからないので、手取り20万の方でもかなり貯金があります。

 

極力、お金がかからないことにハマるというのはライフハックですね。

逆にお金がたまらない人の特徴です。

・よくネット決済を利用する。

・よく外出・外食する。

・よく買い替える。

・貯金の意識がない。

 

まぁ総じて支出量と自分がどれだけ貯金する能力を持ち合わせてるか

理解していないことが多いですね。

 

貯金できている人は使わないという意味で支出に無頓着。

貯金できてない人はどれだけ大金を使用しているかわかっていないという

意味で支出に無頓着ですね。

 

 

さて、眠くなってきたので途中ですが切り上げます。

健康については、健康意識がある人はちゃんとバランスよく食べましょう。

ない人はジャンクフード食べまくりでもいいと思います。

病気になりやすかったとしても、その方が幸せな人もいますから。

 

お金については上記の通り、一般的な労働者が散在することは

おすすめはしません。多くの場合、散財する人こそお金を欲している

パターンが結構ありますから・・・。

 

逆にお金を不要としてるようなマインドを持ってる人だからこそ

お金のかからない趣味で貯金できるんでしょうね。

 

ということで、今日は終わります。

毎度思いますが、もうちょっと小奇麗にまとめる努力します。

 

それではおやすみなさい。

 

ーーー新NISAについてーーー

新NISA知らない人のためにご説明。

・新NISAとは新NISA制度のついた証券口座(株買う口座)のことです。

・月最大10万円、別途で年間最大240万円まで制度が適用されます。

 (積立枠:10×12、成長投資枠240万、計360万)

  ※積立枠は上限120万ですが、月10万までしか入れられません。

・合計1800万円まで制度が適用されます。

  (毎年年間最大値の360万入れる場合、5年で枠が全部埋まります。)

・制度とは株の売却益が生じたときにかかる税金20%が免除される制度です。

・枠を100万円分使用して株の評価額が120万になっても使用している枠は

 100万円分(元本分)のみでカウントします。また120万で売却した場合、

 枠の100万円分が翌年より再使用可能です。

 (詳しくはご自身のNISA口座にて確認)

 

こんぐらいですかね。直接的なメリットは1つだけです。

売却益、要は100万の株が120万になった時に差分益20万にかかる

税金20%が新NISA口座の制度適用内投資額だとかからないってことですね。

この場合20×20%の4万円ですね。その分お得っていうことです。

 

そんだけかよって思うかもしれませんが新NISAの強いところは

間接的なメリット2つにあります。

1つ。基本的に資産が増える。場合によってはめっちゃ増える。

2つ。株を買うために節約するようになる。(←これがでかい!)

 

1つ目のはですね、どれくらいすごいかというと、

オルカン(詳しくは検索してね)っていう株を買って新NISA制度の枠埋めた場合

上にも書いたんですけど最短5年ですね。

5年で1800万入れたら800万ぐらい増えて2600万になる可能性がある

ってぐらいお金めちゃめちゃ増える可能性あります。

そんでそっから10年ぐらい継続してると1億円弱ぐらいになります。

(掛け金1800万超えた分から新NISA適用外になりますが・・)

んで減る可能性はかなり少ないです。

こういえちゃう根拠は僕が詳しく説明するとなんか詐欺臭いんで、

自分で調べてほしいんですけど、過去30年とかの実績で運用成績15%ほどで、

値段が下がって負けたことがほぼないっていう銘柄なんですね。

絶対に負けない株なんてあるもんか!って思うかもしれませんが

過去の実績で言えばなんか今そんな感じらしいです。

今割と適当に話してるので詳しくは自分で調べてください。

調べたら全然違うやん!って気づきがあった方はご自身を信用してください。

 

んで2つ目のメリット。株に入れたら入れた分だけお金が増えるなら

無駄遣いやめよーとなります。僕の場合、株を意識してから

月の無駄な出費が15万以上減りました。

逆に今まで使いすぎだろ!って感じですが、そんな使い過ぎな人でも

それを全部なくせるぐらいのきっかけにはなりました。はい。

 

 

なんか胡散臭い記事になりかけてますけど、転職せずにお金を増やせるので

投資は今人気ですねー。とはいえ、過去ではそういった

乗るしかないようなビッグウェーブに乗ってみんなで飲みこまれたような

事例なんて山ほどあるので、お金失いたくないならやらないでください。

過去の実績でオルカン、というかオルカンと同じようなものにS&P500

っていうのがあるんですけど、それが負けなしなんで僕は買ってますけど

初めての負けが近い未来くるかもしれないので、ご利用は自己責任で・・・。

 

僕が「投資って始めた方がいい?」と聞かれたら下記2点を回答します。

・よくわからないのでおすすめすることはしないが

 僕があなたに乗り移ったら今日からやる。

・もしやるなら無くなっていいお金でやってね。

 1円でも無くしたくないならやらない方がいい。

 

昨今投資を始めるきっかけとしてパワーワードになっているのが、

・なんで円に全振り投資してるの?

っていうのらしいです。円の価値はどんどん下がっていっているので、

円で持つ=円に投資をしている

=円の価値が目減りして損失を出し続けて資産が減っていっている

ということなので、急いで資産をドルに変える人が出てきているらしいですね。

 

後は、日本はインフレ(給料含めて)してないんで、

インフレしてる海外の値段こそがスタンダードという考え方もありますよね。

インフレした結果の株価なら海外の株買った方がそのまま株価もインフレするので

いいじゃんっていう。

大して日本円で持ってるとインフレに置き去りにされてるので、

海外のウィンナー1ドルから2ドルになりましたっていうので、

為替だけじゃなくて、その値上げにも適用されないのでよくなさそうな感じしますね。

 

 

ーーーidecoについてーーー

基本的には新NISAと同じです。

ただし、年間の最大額は大体25万ぐらいです。

(14.4万~81.6万と人によって違うみたいです。)

 

これが新NISAと違う点は、

1つ。60歳まで引き出せない。

2つ。年金扱いなので、課税控除額に加算される。

3つ。60歳までほぼ解除不可能。毎月自動引き落とし。

 

1つ目の解説は簡単に。

年金としてもらうパターンと、

退職金受け取り時に指定金額分もらうパターンとその両方のパターンがあります。

どっちでもいいんですけど、各パターンのデメリット。

年金としてもらう際、都度都度手数料が発生します。まぁ微々たるものですが。

指定金額分もらう際、退職金受け取り時に退職金とあわせて

退職金控除額を超えると対処金控除外で税金がかかりますね。

なので一番いいのが、退職時に退職金と合わせて控除内分指定金額でもらって、

余った分を年金として受け取るパターンですね。

(退職金控除額は人によって=所得・勤続年数によって変動します。)

 

2つ目の解説。

保険料控除みたいなので税金の控除対象になります。

控除されるのは所得税と住民税です。僕は一般的なサラリーマンですが、

大体掛け金に対して所得税5%、住民税10%の15%控除されてました。

最大の25万いれたら、25×15%で4万円弱ぐらいお得って感じですね。

iDeCoを活用するならこれが一番お得な要素ですかね。

20歳の人だったら4万×40年で160万円分税金がお得ですね。

40年で160万っていうとしょぼいですけど、一括で160万もらえます

っていうとなんかすごいので、小さな積み重ねですね。

 

3つ目は適当ですが確か解除不可能か困難だったと思います。

ただし、毎月の引き落とし額は設定自由なので、もうやりたくない場合は、

最低額の月5000円にしておけばダメージも少ないです。

豊かな暮らしとは

お久しぶりです。

 

1年前に思い切って1万円のゲーミングキーボードを購入したのですが

早くもEボタンの効きが悪くなってきていて悲しいです、笑

長持ちはして欲しいですね〜

 

ということで本題に入りますが

本日は豊かな暮らしについて考えたいと思います。

 

ーーー豊かな暮らしとはーーー

 

豊かな暮らしとはどのような暮らしでしょうか。

 

豊かな暮らしと言えば私たちが理想とする暮らしのことを指すはずです。

 

つまり、

1.我慢をしなくても良いこと。

2.ストレスフリーであること。

3.良いものを揃えられること。

4.伸び伸び健康的であること。

 

この4点のある暮らしということになります。

 

 

 

ーーー1.我慢をしなくても良いことーーー

 

 

これは節約によって何か自分が欲しいもの、行きたいところに

制限をかけずに、発想をそのまま実現することができることを指します。

できない理由、しない理由を作ってしまうと人生の幅が狭まってしまうので、

自分のインスピレーションを大事にして人生に彩りを与えられることが望ましいですね。

 

ーーー2.ストレスフリーであることーーー

 

 

そして、次に大事なのがストレスフリーな空間であることですよね。

家は職場や学校などのセカンドプレイスから帰ってきて最も癒されるべき

自分や大切な人とのファーストプレイスであることが理想です。

家では全てのストレスから解き放たれたいものですから、そうした空間が

豊かな暮らしには必要不可欠と言えるでしょう。

 

 

ーーー3.良いものを揃えられることーーー

 

 

現代の豊かな暮らしと言えば、最高の技術、最高の科学を元にした

便利で健康的な暮らしですよね。デザイン性もさることながら、味や機能も

備わった素敵なものが多く溢れているので、そうしたものを生活に取り込む

ことができたら生活は豊かで華やかになりますよね。

 

 

ーーー4.伸び伸び健康的であることーーー

 

 

どうにも不足しがちな運動ですが、常に運動が身近にある環境であればどうでしょう。

運動がしたくなるような環境で、ゆったりだったりストイックだったり、

自分のペースで爽やかな運動ができれば体と心の健康を保つことができますね。

 

 

以上の4点になります。

これらの生活を実現するための情報もお届けできたらと考えています。

 

また明日もがんばりましょう!

 

節約収入について

今日1日になりますが、初めてTwitterをやってみました。

 

普段絡まない年代、絡まない層と交流ができて

面白かったですが、自分を見失いそうになりました笑

 

一体、僕は何をしているんだ?

 

と我に返ったところで、本題に入ります。

 

節約収入という考え方

 



 

収入には数種類あります。

 

  1. 給与収入
  2. 事業収入
  3. 配当収入
  4. 権利収入

 

ざっと思いつくだけでもこれぐらいですかね。

 

とはいえ、多くの人には1の給与収入しかないと思います。

この給与収入は、基本的には固定の金額が毎月入ってくるだけで、

増加する、という考えは今の雇用形態の考え方が変わっている時代には

少しズレがあるかもしれません。

 

ですが、給与収入しかない人でも収入を増やすことが可能です。

 

それが、節約収入の考え方です。

節約収入とは、つまり、節約することによって収益を得るという考え方です。

 

例えば、お昼ご飯に普段1000円使っているとします。

ここで、普段通りであれば1000円を支出として使用するのですが、

我慢や工夫をして500円にしたとします。

 

すると、500円支出を減らすことができるのです。

 

この500円支出を減らすという考え方は、

違う視点で見てみれば、我慢や工夫をすることで手軽に500円稼いだ

と受け取ることもできます。

 

つまり、こうした節約そのものが収益を得る手段として考えられるわけです。

 

最終的に特定の期間では収入よりも、支出を含めた残金の方が

現在の自分の経済状況を把握するのに正確だったりします。

 

そのため、無駄な支出を減らすことで節約収入を得ましょう。

 

ちなみに無駄な支出とは

 

・目的以外の付加価値のあるもの

・代替品が安いもの

・見栄のために買うもの

・自分の人生に役に立たないもの

 

こうしたところに宿ります。

 

例えば僕なんかは車がそれにあたるんですが、

僕にとって車に対する目的は、「自分以外の人を乗せる」こと以外ないので

車必須と言われている地方に住んでいますが、買っていません。

 

当然車代も維持費も支払っていませんし、

その分は買っている人より貯金ができています。

僕の場合、「自分が乗りたい」という願望がないので、

「みんなが買っているから」という理由で買ってしまえば、

それは不要な支出であると言わざるを得ないのです。

 

ということで、副業するのも面倒だし、

投資をやるのも面倒だというかたは、

確実に稼げるので節約という収入源をぜひ確保して頂ければと思います!

幸福論について〜外部からの幸福操作に思考で対抗する〜

こんにちは。

仕事やプライベートが忙しくあまりブログを書く時間が取れません。

 

ただし、本当に時間がないわけではなく、大人になってから

あらゆる時間をのんびり過ごすようになっているので、相対的に

昔に比べて時間がないように感じているだけですかね。

 

本題前の余談なんですが、

昔の自分に比べて時間の過ぎるスピードが良くも悪くも早くなりました。

 

例えば小学生の頃の授業45分。

とても長かったです。

寝て起きても5分しか経っておらず絶望したものです。

 

中休みの20分

外に出てサッカーをしていました。

 

習い事の1時間。

やるべきことやプラスαを行ってまだなお、

顔見知りの友人達と談笑したり遊び倒す時間が残っていました。

 

さて、現在になります。

私はSE兼プログラマーをしているのですが、

プログラムを作るのが予定の日に、実際にプログラムソースを触るのは

始業の1時間後です。

 

これは明確に1時間を別作業に確保しているわけではなく、

気づけばそんな時間になっているという話です笑

自分以外の従業員を見ていても大体はそんな感じです。

 

子供の時はとてつもなく長かった1時間が今は本当にあっという間です。

子供の頃にすでに今の仕事をしていた方が生産性があったのではないかと

ふと思いました。

 

ある人は問題ないと思いますが、生産性には

「元気」というものはつきものだと深く感じている今日この頃です。

 

元気になる方法もそのうちまとめたいですね。

(僕が一番知りたいですが、、笑)

 

〜外部からの幸福操作に思考で対抗する〜

 

 

さて、本題に入りますが、

前回は「幸福に思考は必要か」というテーマでした。

前回時点での結論では、

 

思考は幸福や不幸の観念を増幅させるものであり、

それによって幸福か不幸かというものを決めることはできない。

 

といったところに落ち着きました。

とはいえ、何も考えてない人ほど人生楽しそうなので、

増幅させるものは不幸の観念だけになるような気もします。

 

夜な夜な考え事をするより、一番は悩みに対して1つの最良と思われる決断をし、

その決断した行動によって起こり得る結果を受け入れ、

とっとと寝てしまうのが最も不幸から遠ざかる方法でしょうから。

 

また、前回のテーマでは

・幸福の要因は与えられた環境によって決定する。

・現代では与えられる刺激が多すぎて対処が困難である。

といった、問題点が浮かびました。

 

今回は、これに対して対抗しうる「思考」はどのようにされれば

適切かどうかを考えていきます。

 

では、まず最も現代人を不幸にしていると思われる要素2点を挙げます。

1)他人からの評価

2)お金

 

もし、幸福の条件が「あるがままの自分」であれば、

この2点は「あるがままの自分」を阻害します。

 

1については簡単なところで言えば、生まれもった「外見」や「才能」。

2については誘惑への節制ですね。

 

例えば1の場合、

もし私たちが他人から評価されたいと感じて、

その欲求のままに素直に行動できたとしたらここに大きな問題は発生しません。

大抵は試みに対するフィードバックがあり、それは評価基準に対して

適切な不足を示してくれるからです。

その場合、私たちはそのフィードバックに対して愚直に従うだけで評価は上がっていきます。

 

ただし、そのような取り組みに対して、特定の解釈が人に不幸をもたらします。

それは、生まれ持った生得的な性質により生涯をかけて埋めようがない差が存在し得るというものです。

もし、自分自身で状況を変えることができない。

望んでいるものは一切手に入らないとなれば人は努力をする理由がなくなってしまいますから。

 

また、人は自分が想定する結果より悪い結果が出た時にそれを一時的に

認めたくない心理が働き拒絶するものですが、そうした時にも

この生得的な理由が用いられることがあるようです。

 

ここで、思考には2種類あることを説明しておきます。

1つは、建設的な思考。

2つ目は、そうでない思考です。

つまり、状況を好転させ得る狙いのある思考と

なんら状況を好転させない現状維持の思考です。

 

この生得的な理由については後者の思考となります。

仮に生まれ持った埋めがたい差が他者との間に存在していたとしても

自身に成長の必要性があるという事実は変わりません。

つまり本来は、1番にはなれないが適度な程度を目指すという妥協が必要となるのですが、

1番になれない=何をしても無駄 というように結論づけてしまうのです。

 

このようなネガティブな思考のことを「反芻(はんすう)」と呼びます。

何をしても無駄だと自分で結論を出しているのにも関わらず、

結局はまだ自分の欲しいものを諦めきれず、毎日同じ問題に同じネガティブな

結論を出して堂々巡りをします。

 

このプロセスは次第に複雑化していき、思考がこんがらがった結果

中々ほどけない厄介な問題へと昇華します。

ただし、厄介さは本人だけの中にあり、第三者視点で見れば

さほど厄介な話ではなく、単純な一言で済んでしまうものばかりです。

そうした他者からの正論の解決を拒む当人はこれにどうしても自分の場合は複雑であり、

他の同様の環境に置かれているような他者とは違うという理由づけ、もとい

解決の先延ばしのための自己正当化をするようになるのですが、

このような非合理的な理屈を正当化させる試みは、その理由すらより複雑である

必要性が生じてきますので、より問題は複雑化していき、もしそれが当人の

事情によるものとされれば、当人はその事情すら正当化しなければならないので、

より一般的な感覚とはかけ離れた問題を抱えることになります。

 

例えば職場で嫌なことがあって仕事を辞めた時に、この段階ではまだ

多くの人間にとって共感される事象であるにも関わらず、

自分は働くことができないという理由をつけてしまった場合、

本来働ける状況にあるにも関わらず労働を放棄せざるをえない状況を演じなくては

ならなくなり、これは当人にとっても良くないことで、かつ当人自身も

心当たりがあるために、自己正当化するために労働は悪だという

極端で一般的な感覚からかけ離れた思想を持つようになってしまいます。

 

こうなってしまえば、今はかろうじて生活ができている状態であったとしても、

その状況が破綻したときにようやく遅すぎる後悔をすることとなります。

これは当然のことながら、全くもって当人にとって良い結果ではなく、

そこに導く思考は間違っていた、ということになります。

 

では、ここに思考を介入させてみましょう。

もちろん、不幸な状態にならないための思考ですからこれは建設的な思考にあたります。

 

「職場で嫌なことがあった仕事を辞めたい」

嫌なこと

・嫌なやつに嫌なことをされた

・給料が安い

・時間外労働が多い

 

解決法

・嫌なやつに嫌なことをされた

→人間関係について勉強をする、人付き合いが少ない職場を選択する。

・給料が安い

→生活コストを減らす、キャリアアップ転職をする。

・時間外労働が多い

→転職をする。

 

つまり、単純な解決方法は「転職をする」です。

この結論を導き出すことは誰でもできますし、時間もかからず容易です。

 

では、すぐに終わることに何故問題が発生してしまうのでしょうか。

 

それは、「転職」には「努力」と「面倒」が伴うからです。

もっと言えばそれを受け入れることができないからです。

・努力はしたくない

・面倒なことはしたくない

・会社は辞めたい

 

となると、会社を続ける選択肢も転職をする選択肢もなくなります。

では、そうなると次の最善の選択肢はどうなるでしょう。

 

・恥を忍んでヒモになる。

社会保障で暮らしていく。

 

確かにこれなら「努力」しなくてもいいですし、「面倒」も転職そのものや

転職したその後に比べたら遥かに少ない量で済みます。

 

しかし、一度この立場になった時に、以前自分がいた場所まで戻るのには

当時に比べてとてつもない「努力量」と「面倒さ」が伴います。

以前の努力量と面倒さに辟易としていた当人には、その壁はより高く感じるでしょう。

そこまで加味した場合、もはや「生涯普通の暮らしには戻らないという覚悟」が必要になります。

 

また、生活が保障されなくなった場合、もはや生きていくことは困難になります。

 

ですが、今の自分がよければ未来の自分が困っても構わないというのは

非建設的な思考の果てに発生する、選択のようで選択ではない決定です。

 

これを「現実逃避」と呼びます。

 

少しまとめます。

最良の答えは最初に出ている。

・そこから「逃避」することで次の選択肢が生まれる。

・「逃避」の果ては生存の困難。

 

この記事の最初にも書いたのですが、

何も考えてない人ほど幸せそうであるというのは得てして間違っていないようです。

 

思考によって最良の答えは最初に出るのです。

 

それに何かしらの理由をつけて、消しゴムで消して書き直すのは自分です。

 

ですが、ここで終わりではありません。

「転職」にしても、どこへ転職するか考えなければなりません。

ここで深い思考をすることができれば、より良い結果は得られるはずです。

 

ということで、例のように職場で不幸を与えられた時に、

このような思考は自分のためになりそうですね。

 

 

 

 

 

では、話を元に戻しまして、

これを「他人からの評価」、「お金」に当てはめたいと思います。

 

実は「転職の例」とはこの2つは少し意味合いが変わります。

「転職の例」は強制的に不幸な環境を与えられたケースですが、

「他人からの評価」、「お金」の場合、その環境が不幸であるかどうかは

人によって全く尺度が違います。

 

例えば「お金」で言えば

年収450万以下から不幸だと感じる人もいれば、

正規雇用から不幸だと感じる人もいます。

また、職があるだけまだマシだと、下の基準設定を見ればキリがありません。

 

つまり、同じ立ち位置にいる人でも、幸福な人もいれば不幸な人もいます。

厳密に言えば、当人がそう感じているということになります。

 

これが、今回のテーマの「幸福操作」に繋がってきます。

例えば年収450万円の人が自分は平均だからいいだろうと思っていても、

それ以上の人達に囲まれ、かつ、生活レベルを比較され見下されるようなことがあれば、

この価値観は変わらざるを得ません。

これをここでは便宜的に「幸福操作」と呼んでいます。

 

さて、小学生のなりたい職業の上位がどうやら

Youtuberだとかプロゲーマーだとか、投資家なんてのもありましたかね、

いわゆるお金持ちに該当する職業となっているようですが、

このような価値観に晒されていると、いざ自分が就職した時の初任給との差で

自分はお金がないという認識に陥ってしまいます。

しかし、有名人と同じものを買いたいので支出は大きくなりがちです。

 

また、「外見」についても同じです。加工や整形、また、元々容姿のいい有名人が

こぞってメディアに基準を作る結果、

標準的な外見をした人は自分を醜いと錯覚してしまいます。

 

ブランド品やおしゃれについても同じです。

 

つまり、本来であれば上位数%の値が標準値であると錯覚してしまえば、

多くの人間が不幸であるという認識に陥ってしまうのです。

 

さて、ようやく本題ですが、

この操作された「幸福観」に思考で対抗することはできるのでしょうか。

 

結論から言えば可能です。

 

最も効果的なのは、「気にしないこと

つまり、「他者と比較しないこと」ですが、

自分より上がいるということを知らなかった時はいいですが、

一度気にし始めてしまうともう「気にしないという状態」に戻るのは難しいです。

 

そのため、気になってしまった場合は、上位に入る努力をすれば良いのです。

 

とはいえ、先程の「転職の例」と同じで、努力は面倒です。

「反芻」や「逃避」を続けた方が楽な感じがしてしまいます。

 

しかし、思考は良い行動への足掛かりというように捉えれば、

これもまたいい機会のような気がしますね。

 

気にならない人はとことん気にならないようですから、

気になっている方はステップアップするチャンスと捉えた方が良さそうです。

 

 

 

ということで、今回のまとめです。

・思考で「幸福操作」に対抗することは、努力をすることで可能になる。

・思考から最良の解決法は「最初に」導き出される。

 更なる思考はその中でより良い方法へのアプローチである。

・努力を放棄するのは「逃避」であり、不幸になる。

 

 

思考とは改善点を見つけて、人生の過ちについて補修をかけていくものなのかもしれませんね。

 

幸福論について

前回は久しぶりのブログだったので、リハビリ兼ねて

駆け足になってしまいました。

仕事が終わって寝るまで少し時間あるな!と思って書き始めたのですが、

長文長時間の癖は抜けていなかったようです笑

 

 

さて、今回も幸福論について考えていきます。

 

今回はテーマを決めます。

 

「幸福に思考は介在するか」

 

このテーマは少し厄介な表現だと思います。

噛み砕いて言えば、思考をしないこととすることどちらの方が

幸福か、ということです。

このテーマを解き明かしていくためにはより幸福について深掘りした理解が

必要になってくると思うので、今回の試みでは綺麗な答えにはならないはずです。

体裁を整えて徐々に答えに近づいていきたいですね。

 

では、考えてみましょう。

思考をするAは人間とします。

思考をしないBはアリとします。

 

この場合アリの気持ちを理解しなければなりませんね。

それは難しいので、見てわかる判断材料で判断します。

 

人間は自殺をします。

アリは自殺をしません。

 

よってアリは人間よりも幸福です。

この答えを出してしまうと、人間以外に生まれれば幸福ということになります。

 

では、自殺をするAを人間とし、

自殺をしないBを家畜とします。

 

ここで、アリと家畜の違いが明確に分かります。

屠殺される家畜が幸福であるとは家畜の気持ちになればいえませんね。

違いがあるとすればここです。

 

アリの気持ちになることは難しいですが、

家畜の気持ちになることは容易です。

 

理由は家畜には感情があるからです。

 

つまり、幸福かどうか判断するには「感情」が大きく関わってきそうです。

 

では家畜ではなく、遊び回るペットに変えましょう。

ペットが遊び回る場合、彼らはご機嫌ですから「幸福」と言えるでしょう。

 

家畜のような扱いを受ける動物は「不幸」とされます。

ですが、ペットのような扱いを受ける動物は「幸福」とされます。

 

さて、ここいらで整理ができてきたので、一旦話を人間に戻しましょう。

 

人間の幸福には「感情」が大きく関わってきます。

良い感情であれば「幸福」で、悪い感情であれば「不幸」です。

 

ここに思考が介在しなければ、

つまり、与えられた環境によって「幸福」か「不幸」か決まることになります。

 

ただし、もし思考を介在させるとするならば環境に決められた幸福感を

2種類の方法で変化を起こすことができます。

 

1:その環境から違う環境に移る。

2:自分を幸福、もしくは不幸だと思い込む。

 

この2種類の方法は、幸福であっても不幸であっても取り得る手法で

互いから互いの行き来が可能です。

 

そのため、思考を介在させることでは幸福か不幸どちらになるかは定めがつかないことになります。

 

最初に喩えに出した不幸の極地、自殺ですが、これは負の思考の果てに

発生するものです。

 

もし思考が介在しない生物であれば自殺という極端な結論に辿り着かないでしょう。屠殺される動物は屠殺されるその日まで基本的には穏やかな日々を過ごすはずです。

 

ですが、もし人間が同じ環境にいたとしたら仲間が1人ずつ減っていくことに

違和感を覚えて、いずれは自分が屠殺される事実に気づき、恐怖に苛まれる日々を

過ごしていくことになります。

 

人間の知能からくるこの負の感情もとい思考は、この局面から考えるに

窮地から脱するための脳の指令であることがわかります。

それが可能かどうかに関わらず、少なくとも脱走をしたいという気持ちに

駆られることは間違いありません。

 

ですが、このような自己の生存を脅かされるような状況のストレス化において

人は不幸であり続けます。

その極地が自殺であるならば、これは人間の本能の誤作動という他ありません。

 

現代ではそのように人間の本能を誤作動させるきっかけが

ありふれているということになります。

 

これは不幸に関する事柄だけでなく、幸福もまた同じです。

ギャンブルなどは脳の報酬系回路を刺激して、損をしているのに幸福を錯覚させます。

 

つまり、不幸な人が世に溢れ、また、不思議と幸福な人が多いのも

人が人へ与える環境の結果に他ならないということです。

ですが、それらの例を考えるに、どうやら思考はあまり介在し得ないようです。

あったとしてもそれらの幸福や不幸の蜜を啜る自己正当化のために思考は

本来あるべき役割を全うできていない状態と思われます。

 

 

さて、今日はここまでとしておきます。

次回というかできれば明日ですかね、

不特定多数の人間が不特定多数の人間の幸福、不幸を操作している中で、

思考をもってその状況を逆転できるかについて考えてみたいと思います。

 

幸福論について

前回の記事から71日経っているようで戦々恐々としております・・。

足跡つけて下さった皆様ありがとうございます。

ブログに訪問させていただきましたが、もはや1つのWEBページのようで

驚きました。はてなブログはここまでできるんですね笑

 

さて、僕もブログをカスタマイズしてみたいとこですが、

本日の就寝予定時刻まで記事1つ軽く書いて終わる程度しか時間がないので、

またの機会に面白おかしく触ってみようと思います。

 

本日の幸福論について

 

毎日幸福とは何か考えて生きてるので71日あったら71回は考えてるってことですね。

今日は人が幸せになるためにはその幸福要素がいくつか必要になると思うのでそれらを

いくつかあげて考えてみます。

 

①お金

②人間関係

③時間

④趣味

 

幸福には幸福の要素の他に不幸の要素を持っていないかだなんて観点もありますが、

とりあえずプラスの部分だけ見ていきましょうか。

 

①お金について

お金はあらゆる可能性を生みます。

お金はあらゆる要素へ変換できます。

お金はお金単体としても幸福になるために必要ですが、

他の要素へ変換できるためあればあるだけ良いでしょう。

 

ただし、お金を稼ぐ方法は非常に少なく難しいです。

 

一般人が大金を稼ぐ手っ取り早い方法は2つあります。

1つは、良い大学に入ること。

2つ目は、夜のお仕事をすることですね。

ですが、僕も含め多くの人はこの選択肢から溢れてますよね。

そのために、お金を稼ぐことにそこそこの労力を注ぎ込まなければならなくなってしまっています。

 

また、日本人はどんどん貧乏になっていっているという話があります。

貧乏になるすなわち、ことお金に関して僕たちは不幸になっているということです。

物価の上昇に加えて税金の支払いですね。

かつて80円で買えたものが今では150円ほどになっていますね。2倍ですね。

単純な計算ですが、かつての100万円は50万円の価値になっているということですね。

50万円の損です。

とはいえ物価の上昇した現在では、その値でしかものが買えないので

この考え方は少し違っているといえますが、ただし、同じ金額で同じ量のものを

買おうと思えば現在は過去の量に比べて50%の量しか買えない結果となります。

 

物価の上昇は緩やかに進み、かつ、僕はせいぜいお金のなかった子供の頃が比較対象に

なってしまうわけですから、あまり現状の悲惨さに気付くことができません。

ですが、当然今のお金でやっていけるかという現状と未来を考えれば

決してお金について幸福であるという自己評価に至ることはないでしょう。

 

世の中にはお金と幸福の関係性が薄いと言う人々がいますが、

彼らはお金の問題から脱却できているだけで、その課題が残されている人々にとっては

十分に見直す必要のある関係であるといえます。

 

 

②人間関係について

人間関係は人間が直接幸福を得るための手段と言えます。

ですが同時に人間が直接不幸になる手段とも言えます。

その振り幅が大きすぎるが故に重要な要素といえます。

 

人には相性というものがあります。

この相性が合致しお互いに協力関係になれた時にこの人間関係は

幸福度が強いものになります。

ですが、この逆で敵対関係のある人間関係は不幸度が強いものになります。

 

気の合う友人同士だけで人間関係を完結させることができれば、

永久の幸福が確約されます。

ですが、多くの人々にとって人間関係が悩みの種となっているのには、

そうではない理由があるからです。

 

1つは友人と疎遠になることです。

毎日遊んでいるだけでいいのであれば、それほど楽なことは誰しもにとってありません。

ですが、人生において遊び以外に割かなくてはならないリソースというものは存在し、

かつ、それらの重要性からそれらのリソースの余った部分を遊びに割り当てる

といった形が多くの人の間で取られ、この割り当てにはX軸、Y軸という場所と

Z軸である時間が影響するので、あらゆるタイミングが合致する機会でようやく遊びを

成立させることができるとすると、多くの人間関係で多くの機会は設けられないことになります。

すると、友人と会う遊びは人生のルーティンの中から抜けていってしまうのです。

 

2つ目は気の合わない人と強制的に関わらなければならないことです。

人間とは不思議なもので同じ種族の仲間であるのにも関わらず、

ただコミュニケーションを取るだけで不快な気持ちになる関係は必ず発生します。

そしてまた不思議なもので、この関係の存在は否定されるべきものではないという

社会的なあり方が認められています。

この誰にとって得をするかわからない暗黙の了解によってほぼ全ての人間が

苦しめられています。

 

この2つの問題点から脱却することができれば、人間関係については問題なさそうですね。

つまり、人々が抱えている義務から各が解放される必要があるということです。

教育の義務、労働の義務などですね。

多くの人にとっては、教育の場、労働の場が良き出会いの場となるので全ての義務を

昇華させる必要はなさそうですが、これらの義務から解放されるためには、

どうやらお金が必要なようです。

 

 

③時間について

時間がないと自己を確立するのが難しくなります。

自己の確立は主にプライベートの中に存在するので、そのために時間確保することは

幸福概念上必要なことと思われます。

自己の確立とは特定のコミュニティへの所属も含まれます。

 

ということで、時間を確保したいですね。

時間を確保する方法は2つあります。

 

1つは労働時間を減らすことです。

労働時間を減らすということは、対外的な考慮も行えば、より良い職業につくということになります。

またその先には、労働そのものを行わない不労所得により労働時間をなくすという

方法が存在します。

 

2つ目は時間の無駄遣いを減らすことです。

労働に割かなければならない時間、家事に割かなければならない時間は

誰しもに存在します。

そして余った時間、それぞれの使い道があるかと思いますが、

全く自己の確立に必要のない時間は送らないことが無駄な時間の削減になります。

自己の確立に寄与しない行動とはすなわち、自己の利益とならず、理想の未来の自分に

不要なものを獲得をするような行動です。

例えば、誰と共有するわけでもないテレビ番組の視聴は無駄な時間です。

ですが、共有する相手がいてかつ、会話をする予定があれば無駄な時間とはなりません。

ただし、それよりも優先度の高い自己の確立性が存在し、限られた時間が競合する

場合には後者のケースでもそれは無駄な時間となります。

受験生にとって必要以上のテレビ番組の視聴と会話、共有は自己実現の妨げになる恐れがあります。

 

 

④趣味について

趣味は幸福を語る上で最も重要なものであると僕は考えます。

人間は好きなことに熱中している時に最も幸福感を得るので、

趣味の確立はできるだけしておきたいところですね。

 

趣味がある場合、

お金を稼ぐ気力が生まれます。

ストレス解消ができます。

仲間ができます。

夢や目標が生まれます。

 

趣味がない場合、

なんのために生きているかわかりません。

お金があっても不幸せです。

ああでもないこうでもない時間の使い方をして後悔します。

感情の動きが少ない人生になります。

 

良い趣味と悪い趣味の違いについて考えます。

その判断基準は2つあります。

 

1つはどういった仲間ができるか

2つ目はお金がかかるかですね。

 

ギャンブルが趣味だと刺激的な友人ができますが

あまりいい影響にはならなそうです。

また、お金も貯めてはなくなりを繰り返してまとまらないでしょう。

 

ものづくりが趣味であれば

情報交換ができたり良い関係が築けますね。

ビジネスに繋げればお金にもなりそうです。

 

 

 

以上4点まとめましたが、

やはりお金の問題がどこにいても付き纏いますね。

この課題がクリアされる、もしくは度外視されることによって

幸福が生まれていくと思うので、

収入か支出かどちらか理想的な値としたいですね。